勝手に引用
老年が、永遠の若さをではなく、反対に或る至高の自由、或る純粋な必然性を与えてくれるようないくつかのケースがある—この必然性においては、人は生と死のはざまで或る恩恵の期間を享受し、機械の部品がすべて組み合わされて、すべての年齢を貫く一本の矢が未来へと投じられる—それこそ、ティツィアーノ、ターナー、モネのケースである。老いたターナーが獲得したもの、あるいは奪取したものと言ってもいいが、それは、もはや或る最後の問と区別しえぬ、人影のない、もとには戻らぬ道へと、絵画を導いてゆく権利であった。
ドゥルーズ+ガタリ 『哲学とは何か』
quadratus (★)のことを語る
