id:quadratus は
quadratus (★)のことを語る

[長文]
ぱさんてさんの引用を見てふと思い出した。
わたしが銀河鉄道の夜を初めて読んだのは8歳か9歳のときで、なにかずっと腑に落ちない居心地の悪いまま読んでいって最後にようやくはっきりと悲しさと開放を感じた、というのが最初の体験だった。
腑に落ちない、というのはとりわけ物語前半のジョバンニが学校から帰ってあれこれする場面から来ている。
ラッコの上着。トマトでなにかこさえて。牛乳は来ないしカムパネルラは煮え切らない。
今それに言葉を与えるなら閉塞感とか欠落感とかなんだと思うんだけどもどかしくなにかが足りないような感じ。
そのときのもやもやと割り切れない印象がもうずっと身体に残るようにしてわたくしにとってのこの物語の姿になってる。
その後大学生くらいになってからふと手にとった文庫版のカバー裏に「貧しい少年ジョバンニが」って書いてあったのを読んだときわたくしは脳天に一撃食らったみたいにびっくりした。
もやもやと苦しかったあれは要は「貧しい」ってことだったのか!!
何度も読み返してわたくしは一度もあのもやもやした状態に対して「貧しい」という説明を与えてこなかった。
ともあれわたくしは「他人が不特定多数に向けて把握しやすく書いた解説」というものは必要に応じて読むことはあっても一語一句たりとも自分の身体には取り入れない、とそのとき学んだのだった。