自分の苗字があまりにもありふれていてまず誰にも読み間違えられたりしない代わりに同じ名字の人がいろんなところにわんさかいたものだから
「読み間違えられるのがいやだ」という感覚がずっと理解できなかった。
むしろだれも読めないくらい珍しかったらいいのにと思っていた。
声に出して名簿を確認することが必要な仕事をするようになってもしばらくはそういうことを思ってもみなかった。
最近ようやく若い人たちがそういうことがいやだと感じたりするということが理解されてきて気をつけてるけど
いろいろごめんねはやくオトナになろうねわたしもオトナになったよ、とかちょっと思ってたり
quadratus (★)のことを語る
