文化産業の人と話していると、あるいはそういう人たちのブログを読んでると、
空疎な「べき」論が多いように感じる。
未だにマスメディアの中には、Bサイズの紙を使っているところがあって、
それを見るたびに、官公庁並みかそれ以上に旧態依然としてるのは君らじゃないかだと思うのだった。
「べき」論を唱える人は相手を無視してるのから、それができるのだ。
「ぼくは君と違う、君は間違ってるし、おかしいよ」と生身の人間に言うのは、すごく辛いことだ。
けれど、メディアや文章の上では、結構そういうのが簡単にできてしまうのだ。
ぼくは本屋さん、CD屋さん、喫茶店、ラジオ、商店街みたいな時代遅れなものが好きなんだけれども、
「最近の若者はクラシックを聴かなくなったね。みんな、よい音楽を聴くべきだ」
と喫茶店のおばさんは言ったりしない。もしくは、そう思ってても全然商売とは別でたんたんと営業してる。
何が正しくて、間違ってるばかり言ってるところに人は集まるんだろうか?
また正しければ、それは生活や文化、ビジネスを向上させるものなのだろうか?
そう、何が言いたいのか忘れてしまったけど、「べき」っていう言葉や主張は控える「べき」なのだ。
そうしないと嫌われちゃうよと自分に言いたいのだった。
自分(id:happysweet55)のことを語る
