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自分(id:happysweet55)のことを語る

ガンガンに働いてきた活動的な初老の人がふとこんなことを吐露したら、どう思うだろう?
「この年になって気づいたのは、俺って所詮こんなもんだったのということだ。
こんなに小さかったのかって。気がつくと、周りに誰もいないし、俺には何もない。
俺は一体何のために生きてきたのだろう?」
人生で一番力に溢れ、元気だった20、21歳の頃、ぼくが浸かっていた文学の世界は、
カタチは違えど、こうようにショッキングな言葉で溢れていた。
この世界は暴力的で、理不尽で、非理性的で、
あらゆる人の営みを、所有するもの(美しさや富とか人間関係を)を無為にしていく。
永遠なんて、絶対ない‼︎
そして、そういう暴力や矛盾や衝動的なものは世界だけでなく、君自身が内包しているのだと。
ぼくが文学部で学んだのは、こういうことだ。生きていることは限りない喪失の繰り返しなのだと。
って、この思想は、本気で社会人になってからも尾を引いた。
文学なんて本気で役に立たないし、だから読む人はいなかったし、誰も真実を理解してくれなかった。
社会人として生きる上で「邪魔」でしかなかったし、そんなニヒルなことを言ってたら、生きていけない。
けれども、ずっと、ずっと尾を引いていた。
というか、それらの否定的な言葉や思想は、ぼくの家系(両親も文学部)では小さい頃から刷り込まれ、
人生の一部になっているのだ。
けれども、コピーライティングを仕事にして、経営学やマーケティングを学ぶうちに、
ぼくはもう一つの真実を見つけた、というか、大事な部分を思い起こしたのだった。
この世の中には、たぶん自分だけの、そのものだけにふさわしいニッチ(小さな窪み)がある。
そこでは雨風を凌げるし、岩は転がり続けるのをやめる。これ以上落ちない。
この世の中のどこかには君のことを理解してくれる場所があり、お互いのことを必要とし合う場所があるのだ。
以来ぼくの人生は、その小さな窪みを見つけるローリングストーンな旅である。
のちのミック•ジャガーの若き姿であった。
って冗談だけど、たぶんそういうことなんだろう。
そして、ぼくの仕事は、誰かの、何かが存在してもいいくらいの、小さな窪みを見つけることなのだ。