その昔、イングリッド•バーグマンにすごくよく似た女の子と付き合ってたことがある。
広島県出身の彼女は、いつも夕食時にふらっと家に寄ると、千切りキャベツを作ってた。
広島県の出身の女の子がみんなそうじゃないかもしれないけれども、
彼女のつくる千切りキャベツはすごく細くて美味しかった。
当時、携帯電話は当たり前だったけれども、ぼくは持ってなかった。
そんなわけでふらっと行く彼女の家ではだいたい千切りキャベツとその時々に実家から
送られてきた佃煮なんかを食べて、草野心平や宮澤賢治の本を読んでいた。
彼女にとって、ぼくは詩人だった。
ぼくはただ大学時代に、何かを成し遂げないと大変なことになると思いつつ、
いつも書けないシナリオや音楽を抱えて鬱々と本を読んで、人と話していた。
あなたは別世界の人間で理解できませんとある時ぼくは言われた。
市場的に見て、政治的に見て、将来性がないと思ったのだろう、
ある日、彼女はドアをぱたんと閉じて、二度と部屋を開けてくれなかった。物理的に、精神的にも。
ぼくは激しいショックを受けた。大学の授業は全く行ってなかったけれども、
自分のやっていることに間違いはないと思ってたのだった。
彼女はマーケティングに興味があるみたいで流行りの音楽をぼくと一緒に聴いて
政治や経済、人生の話をするのが好きだった。恐らく父親がそういう人だったんだろう。
「小さい頃から、欠かさずTVタックルを見てるわ」と彼女は言った。
ぼくはチャンネルを変えて、冤罪戦争とか歯切れの悪いNHKの番組を見て、
「こっちのほうが好きだ」と言った。「おおイングリッド•バーグマン‼︎ 君はいつネオレアリズムに目覚めるんだ?」って。
「予定調和なんて全然面白くないね。造反有理。違うことにこそ意味はあるのだ」とか言って、
携帯すら持ってなかった自分が主にマーケティングの世界で生きていると知ったらと彼女は何を思うのだろう?
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