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自分(id:happysweet55)のことを語る

バズ•ラーマン監督の『華麗なるギャツビー』を見た。
翻訳は野崎孝、映画はロバート•レッドフォードと頑なに決めてたので、
レオナルド•ディカプリオのジェイ•ギャッツビーなんて見たくなかった
のだけれども、とてもよかった。というか、レオナルド•ディカプリオ
恐るべしでニック•キャラウェイの家でデイジーとお茶会をする頃には、
完全に違和感がなかった。というかジェイ•ギャッツビーという胡散臭
さの塊のような男に、こんなピッタリな俳優はなかったという感じ。
ぼくはこのシーンのギャッツビーがすごく好きだ(詳しくは観て下さ
い)。原作は色々もやもやした会話が多いんだけれど、映画は揺れる
デイジーの心やギャッツビーの思いが、かなり鮮明に描かれていた。
特に、ギャッツビーがトム•ブキャナンにぶちキレて、デイジーの心
がみるみる離れていく瞬間は、まるで自分のことのように痛かった。
「君と一緒になりたい。けれど、もうあと少し待ってほしい。
(なぜなら、これはまだ本当のぼくじゃないのだから)」という
そもそものすれ違いや虚勢を張った生き方もぼくの人生そっくりだ。
でも「ぼくはド田舎の、最悪に貧しい家で生まれて、教養もないし、
無一文で、将来のことも不安だ。でもぼくは君を愛してる!」とかで、
女性は結婚してくれるものなのだろうか? いや、その前に「そんなも
のは、君が認めたって、自分が認められないぜ!」って、ぼくは思う。
おそらくギャッツビーもそうだったんだろう。かくして、男女はすれ
違う。ギャッツビーはある意味幸せな最期を遂げたんだなと、映画を
見て思った。生き続けなければならないぼくらは、なかなか大変だ。