[私が教会・お寺をぶらぶらしながらもキリスト教徒や仏教徒にならない理由]
・礼拝がめんどくさい。これは仏教もそうなんですが、毎日祈るのがめんどうで…(単なるものぐさ)
・もはや清い心をもってない。そういう人のために宗教があるとは思うんだけどね。
あと、中居正広の金スマに出てた人。ひとり田舎に移住して農業を始めた人を番組で追ってたんですよ。
その人はお父さんが牧師さんで、洗礼名もある人。
でも大学に受かったときに「これも神様のお導きだから感謝するのよ」と言われた彼は怒って「神なんかいない!」と
家族と喧嘩したわけです。大学に受かったのは自分の努力ではないのか、なんでもかんでも神様のおかげにするなと。
たまたまこれを見たときに、あ、これだ、と思いまして。
ミエナイチカラはあるだろうけど、受験まで神様の導きにされたらかなわんお年頃ですわ。
単なる一信徒ならそこまで考えなくてもいいのかもしれないけど、神も仏もあったもんじゃない数年間を過ごした身としては
何をするにも自分の意思と努力があってこそ、ただ運命やめぐりあわせには神だか仏だかの力があるのかなと。
努力しない人なんかいいこと降ってくるほど世の中甘くないでしょ。
