[返信として書くには内容がしょぼい]
結論がまとまることはないとおもうのです。
でも研究者は自分の好奇心が研究者になろうという原点で、なにかの役に立つってところでモチベーションを持っている人種じゃないのかなぁ、なんて思うんだけどな、それって狭い考えなのかしら。あるいは一面からしか見ていない。
「外科医 須磨久善:海堂尊、講談社文庫」を途中まで読んだけど臨床医でも研究者っぽいこともするんだなぁと思った(みんながみんなそうではないでしょうが)。今までやったことのない方法をいきなり生身の人間に手術するんだぜ…。しかも心臓だぜ…。生きてオペ室から帰して当然の臨床医だから、生きる道を開いてくれた患者からはありがとうといわれ、同業者からは賞賛の声が飛ぶ。オペなんて同じ病気でも人が違えば同じ病態じゃないよと医師がいたら言われるかもしれないけど、世界初の画期的な術式で行いますって言われたらあらあたし実験台?と思ってしまうかもしれん。
大学病院だと若い医者にあたって痛い目みるから市中病院に行った方がいいよとは現役若い医者の友達の弁だけど、誰だって最初は初心者。とわかってるつもりでも経験の浅い看護師に何度も採血失敗されると顔に出さずとも心中穏やかではいられない自分。美容師のカットモデルが安いように新米看護師の処置点数も安く…なんてアホなことがあるはずもなく、医師看護師は患者のうめきをステップとして腕を上げていくんだ…(嫌味じゃないです)。
昨日の死刑執行からこんな駄文をぽちぽちと打ってるわけだが、汚れた仕事なんてない代わりに崇高な仕事もないのかもしれない。犠牲がわかりやすく見えるか、なかなか気付きにくいとか、大小の問題で。じゃあ牧師とか僧侶はどうなんだと考えは発散していってしまう。
