【浦島太郎の新しいエンディングを考える】【ゾンビ部】
私はその時、当時夢中で口説き落とそうとしていた女の子と海に来ていた。といって、二人でデートというわけではない。何人かの充実した大学生活を謳歌している活発な集団に紛れこんで付いてきたのだ、彼女が彼らと海に行くと聞いて。
彼らとは講義や休憩時間などによく合い少なからず話をする仲ではあったが、しかし私は当時から夏の日差しのさなかにあってはしゃぎ回り大声を出すようなタイプではなかったので、例によって海の家の日陰の中で海と砂浜と、はしゃぐ彼らと、そして彼女を見ていた。
彼女は彼らと波の間に間に浮いたり沈んだり、見えたり見えなかったりしながら笑顔で塩水で濡れた髪をうしろになでつけな(中略)しかしそのわら半紙が……、などと考えながらふと彼女の方へ視線を戻すと、彼らは動きを止め中半笑顔を保ったまま、半信半疑といった様子で全員がある方向を見ていた。私もその方向へ目を移す。そこには浦島太郎がいた。
はじめは私もくだらないテレビの企画か、あるいはYoutuberの類かと、なかば嘲笑的な引きつりを口元に浮かべながらビーチにいる足を止めた人々と同じように眺めていた。
当然私はその時2015年の平均的な大学生であったので、浦島太郎がどういうものか、知識としては知っていたがしかし当たり前だが実物を目にしたことはなく、彼が架空の人物であるという認識であった。しかしその時目にしたあの男は、誰もが彼を目にした瞬間に浦島太郎であることが間違いなく確信されるであろう、まごうことなき平均的な浦島太郎だった。
よく見ると凝った衣装だった。エイジングも設定に反することがなさそうなそれで、テクノロジーといえば釣り竿や荷車といった過去から現代にタイムスリップして現れた孤独な漁師がむき出しの精神で超現実を体感しているといった表情を浮かべていた。思わず私は「すばらしい」と呟いたの覚えている。
暫く眺めていると彼は砂浜に一人へたり込み、それを幾人かのほぼ全裸の男女が遠巻きに囲むといった景色に変化した。だんだんと人垣の数が増えていくようだった。そして、始まった。
人垣の合間にちらちらと彼の姿が見えた。人垣の隙間に彼女の姿が見えた。彼女の後ろの男は見知らぬ男で浦島太郎を見物している風を装い彼女の体にさわろうとしているのではないかと、一瞬思った。ついに人垣が隙間なく出来上がったのか、それとも人々のちょっとした動きが砂埃を巻き上げたからなのか、そこから先のことはあまり正確には覚えていない。なんとなく浦島太郎が黒い蓋を持ち、砂浜に置かれた箱から煙が出ているような、そんな映像も記憶にはある。しかしなにせ、かの有名な浦島太郎のお話だ、多少記憶のほうがそちらの方へ引きずられてしまうのもやむを得ないと思う。ましてあの混乱。普通の大学生だった私に冷静で正確な判断など無理な相談だろう。
気づいた時には辺りに砂埃が舞い、叫びながら我先へ海とは反対の方へ走る人の波が起こり、中には血を流している人もいて、それでも私はまだ半信半疑のまま浦島太郎であった人間がいた辺りを見つめいてた。
逃げ惑う人混みの中に彼はいた。彼は砂浜に両膝を付け、私の想い人を懐に抱きながらうずくまっていた。私は心をちくりと刺す単純な嫉妬と、あの有名人と彼女が空間を共有しているという非現実的な間隔が合わさった混乱した驚きを覚えながら彼らの方へ一歩踏み出した。彼はぐったりとした彼女を抱えて揺すっているようだった。もう一歩近づく。この場面ははっきりと目に焼き付いている。彼が、一瞬顔をあげる。顔には濡れた砂がこびりつき、そして口元にはさらに分厚く砂がついていたが、しかしその砂はやけに黒かった。そして彼はまたうつむき、彼女の胸の辺りへ顔を近づけ、彼女を揺すった。彼は彼女を、喰っていた。
そういつまでも見ていたわけではない。その間にも奴らは増殖を開始していた。私の想い人を貪り食う浦島太郎の周りに倒れていた人々が、一人また一人、ゆっくりと立ち上がりそこにはない何かを、真夏の太陽の下、砂浜の上でなお寒さに震え、その凍るような空虚を埋める温もりを求めるように、ゆっくりと静かに海を背に歩きだした。その先には、一人、足を挫いたのか、その場に座り込み助けを求めていた女性がおり、奴らうちの一人に気づくと
少し安心したような顔をしたのもつかの間、その顔は恐怖へと変容し、そしてその後私が、そして生きている誰もが幾度となく聞くことになる叫びを上げながら絶命し、奴らと共にゆっくりと私の方へ、歩き出し、そして……。
