(承前) 「いきなりがぶりんちょなんてどうかしてるよ。よだれまでどしどし垂らしちゃってさ。育ちが知れちゃうよね。でもかじられたって平気の平左だよ、なぜってこれはおまけのぼくなんだから。ぼくの実体は目には見えないところにあるのさ。食べることしか頭にない胃袋脳筋クマさんにはちょっとむずかしいかもしれないけどね。ふふふ」
そう言ってぼくが笑うと、クマも笑った。けっこうニヒルな笑みだった。
「おまけと実体と、いったいどっちが人間の本質なのよ?」
「そりゃ実体だよ、ねえ?」とぼく。
「あたしに聞かれても困っちゃうな。だってあたしはきのこの化身だから。人間の姿でそばを茹でてるのはあくまでおまけのあたしだもん」
彼女が呆れるように言った。するとクマが笑みを深めた。今度は感心したような、好意的な笑みだった。
「おまけもおまけで便利そうよね。こうしてきのこまでもらえるわけだし」
「ま、たしかに便利ではあるかな。物理的な煩いごとは全部おまかせだし」
「ところで、この秋の紅葉みたいに美しいきのこ、なんて名前なのかしら?」
「ヤマカガシモドキ」
彼女とぼくは同時に答えた。
「ヤマカガシモドキ?」
「そう」と彼女。「でもあんたさ、おまけがかじられちゃってどうするの? 誰がこのびくに入ったてんこ盛りのきのこたちを下界へ届けるの?」
「あ」
ぼくは困った。たしかに。それはぼくの仕事なのだ。この仕事には、実体であるぼくの本質は干渉できない。
「あ、じゃないし。ま、最悪あたしがおまけつくって運ぶからいいけど。でも辺りに胞子まくわけにもいかないしな。どうしようかな」
「しかしおいしいわねえ、人間て。とくにこの脳みそのあたりが美味だわ。ぺろぺろ」
「ヤマカガシモドキはデザート?」
すごいなあ、と、ぼくはぼく自身に感動しながら聞いた。脳を吸われながらも話せている。肉体って神秘だ。おまけなのに。
「そうよ。この季節、デザートにはきのこがいちばんなのよ。はちみつはもうなかなか見つからないし。贅沢は言えないわ。ぺろぺろ」
「びくにまだまだたくさんあるから、気分転換に一口食べてみたら? ほら、冬眠も控えてるわけだし。どしどし栄養とっておかないと」
ぼくは提案した。胃袋脳筋ならば乗ってくるはずだ。ヤマカガシモドキの恐怖を思い知るがいい。ぼくだって責任があるのだ。仕事を果たすまでは物理的おまけが必要不可欠なのである。とかなんとか思っているあいだにも、次第に意識がどんどん遠くなっていく。空気って重いんだな、と、やっと呼吸しながら思ったりする。
「あら、そう? じゃ、いただこうかしら。むしゃり」
クマは一口で食った。すると彼女が笑った。さっきのクマよりいっそうニヒルな笑みだった。ぼくも笑いたかった。でも、もうできなかった。そろそろ時間だ。肉体を離れて、実体へかえる時間。
「あれ、れ?」とクマ。
「あ、ああ」とぼく。
「あらあら」ときのこの化身。
クマはぼくを抱きしめたまま無口になった。よだれを垂らし続けながら、小刻みに震えている。やがて眠りがやってくるだろう。冬眠よりもはるかに長く、重い眠りが。そしてそれは、ぼくにも裾野をのばしてくる。ぼくは段々かすむ意識の先の、そのまた先を見つめる。向こう側には上位概念が広がっている。上位概念はやがて、このクマのやたら厳つい両腕みたいにぼくを包むだろう。クマよりも強く、隙間なく。しかしそれは、決してぼくを統括するものではない。命令したり強迫したりするものでもない。ぼくの実体と本質とをただ素直に結び、区分ないものに戻してくれるだけなのだ。
「もう仕方ないな。せめてどっちもうんと特別なきのこにしてあげるね」
彼女が言った。その声は遠い風のようでもあり、懐かしい歌のようでもあった。
日常のことを語る
