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ゆきのことを語る

夜逃げって言葉があるけれど、私は『昼逃げ』をした。
結婚数年で、ここにはいられないと思うようになり、でも生活の不安や世間体などが頭をかすめ
さんざん悩んでいるうちに、だらだらと十数年が過ぎていった。
殴る蹴るがあったわけではないので、DVがらみの相談窓口はあてにならなかった。
女性センターも、身体的危機が及んでいないとわかると、真剣に話を聞いてくれはしなかった。
元夫の言動はモラハラの見本みたいなものだったけれど、私がなにに対して嫌がるか怒るかが、彼には全く理解ができていなかった。
そもそも、話し合うということができない。
自分に理解できないことは、勝手にしろと話を切り上げるか、黙り込むかどちらかの態度しかとってくれなかった。
死ぬことを真剣に考えつつ、こいつのために死ぬのはバカバカしいとも思っていた。
私の態度が気に入らないと、ろくに生活費を渡さなくなった頃、家にいるのが苦痛になり
昼の事務パートの他に、夕方から日付が変わる頃までの工場仕事にでることにした。
体はきつかったけれど、同じ家にいる時間がほとんどなくなり、私が夕方の仕事に出るときには
元夫はまだ戻っておらず、工場から帰るともう寝ている時間だった。
驚くくらい気楽だった。
もうこの人とはいられないとわかった。
それから着々と準備を進め、強行的に実家のある土地に戻ることを計画。
いつものように朝夫が出かけたあと、引っ越し屋を招き入れ、自分の荷物をひとつ残らず運び出す。
捜索願いを出されないように、自分の意志で出ていくという書き置きを残した。

その晩から携帯が鳴るのがどれくらい怖かったかは、言葉にできない。
が、その恐怖に反して、携帯は一度も鳴ることがなく、あっと言う間に一年が過ぎた。
籍が入っていても、私の自由にはなんの問題もなかったが、さすがにこのままでは…と、連絡すると
とにかく一度会って話をと言われ、中間地点で面会をする。
二時間近くも押し黙ってファミレスにいた。
しびれをきらして、離婚したいことを伝えると、あっさりと了承した。
一年の別居がよかったのだと思う。
その場で用意していた離婚届けに判をもらう。
あまりのあっけなさに、力が抜けた。
それと同時に、こんなに簡単にできることを、私は十数年も先延ばしにしたのか…と自分に怒りも感じた。

が、十数年の記憶は深く、今でもまだ、数日に一回はうなされて目を覚まし、一人であることに深く安堵する。