真田丸
誰もが信繁の命を惜しむ中で、叔父上だけが「好きなように生きろ」って言ったのが印象的だなぁ
信繁にとっての九度山の14年間は、叔父上の人生のほとんどの時間だったんじゃないかなぁ
大阪で秀吉に重用されていた時は、田舎の名家の長男と、都会で今をときめく大企業で出世した次男みたいなかんじで、輝いていたと思うんだけど
秀吉の大阪城は家族経営でありつつ、外部登用者については能力主義であって、下克上だったのは武士、農民といった社会的な身分だけじゃなくて、長男次男とか家制度にとっても同じだったのかなぁ
そう思うと、自分が存分に生きられた時間を最後に取り戻そうとしたのは、わからなくない
回帰だったのかしら
信繁が青空に見ていたのはなんだったのかしら…
