id:a-cup-of-snow は
雪杯×すのう!のことを語る

毎日一句 反省会 続く

朝顔の萎るるに市の夜は深し

の“に”を取ると、中七になるけれど、どうしても必要かな?朝顔“は”にしてみたら?というアイディアをいただき、そうだなぁ、朝顔“は”にすれば
朝顔はしおれている/市の夜は深まっていく
の対比は、逆説の“に”がなくても成立するかも…と考えてみました
ただ、“に”をとって、“は”にすると、こう

朝顔は萎るる市の夜は深し

“るる”は連体形のため、終止形に直すのに古語を使うと“萎る”の三文字になってしまい、中七にならないので、“萎れる”を使う
市の夜も“更ける”方が収まりはよくなる
すると

朝顔は萎れる市の夜は更ける

なんとなく、川柳、都々逸っぽいかんじがする
あと、“は”を使っても、「“朝顔が萎れる市という風に”市にはかかっているのではないよ」っていうのがわかりにくい
“に”は逆説なだけでなくて、“萎れる”が市にかからないようにもしているようなかんじがする

都々逸っぽいという自分の感覚が、何故かがわからないのだけど、あんまり等分に別れてしまうと、そうなっちゃうのかも…あ!

朝顔は萎るるに市の夜の深し

こっちに“は”を使えば、朝顔市なのに朝顔が萎れている、ところに焦点が行くんじゃないかな
朝顔は萎れているというのに、市の夜は更けていくなぁ
市の夜の はリズムがあるし、深しには余韻があるような感じがする
夜が更けきっているというより、深いんだなぁっていうふうにしたいの
ワタクシとしては、これがファイナルアンサーで、どうかなぁ!