昔の人とは価値観も倫理観も違うから、どういうふうに描いて視聴者に共感してもらうかとかが、脚本の話で出てきたりするけれど、今日の話にはそういう時代性による断絶なんか全くなくて、すごかった
確かに価値観も倫理観も死生観も違うのだろうけれど
でも、敢えて現代的な死を持ってきた(視聴者の共感得るために)ではなくて、この時にこういう死があったと描いてあるように思えました
ってことは、あの秀忠にも何か、きっとあるんじゃないだろうか
何か、今観て、ガットくる何かが
それにしても、っていうかそうだとすると、三谷さんは本当に女性の描き方だけが下手なのだろうか…
雪杯×すのう!のことを語る
