id:a-cup-of-snow は
雪杯×すのう!のことを語る

NHKスペシャルの「アジア巨大遺跡〜縄文 奇跡の大集落」を観て。

狩猟採集で定住し、大規模な集落を築き、一万年もの長きに渡って栄えた縄文文化、社会を解説している中で「(狩猟採集社会の縄文が自然と共存したのと違って)農耕というのは自然を破壊するところから始まるのです」という言葉があって、そうかーと思って。
以前読んだ本で、江戸時代の東北の飢饉は人災だ、何故なら東北には豊かな自然があり、本来は狩猟採集で生活が出来たものを、中央集権性に組み込む際に稲作を強いた結果の飢饉だからだ、って書いてあったのを思い出した。
縄文時代が一万年、豊かな社会を維持できていたということは、弥生時代にやってきたのは稲作という文化ではなくて、稲作をする人たちだったということだよねぇ。より優れた文化が波及したのではなくて、ある制度を持った人がやってきて、社会を変えたということだよねぇ。

あと、うーんと以前に読んだ本では、江戸時代は0成長社会だった、何故なら稲作は働いた以上の収益は上げないから、っていうことが書いてあった。今は江戸時代にも貨幣経済がそれなりに発達していたということだけれど、概ねでいうと、0成長だったのかしら。だから何百年も続いたのかしら。
あ、それで、自分が働いたら働いただけの収穫がある(大儲けはあり得ない)という稲作が、日本人の性格の傾向を形作ったっていうのも、何かで読んだのだけど、それが裏を返すと「空気の研究」に書いてあった日本人の「努力は報われる」「ニンゲンは平等だ(酷い目に遭う人には理由がある)」という無意識の信仰を育んだものになるのかなぁ。
でも、稲作って世界のあちこちにあるよねぇ。それに、その考え方が独特のものかどうかが、日本人である私にはわからないのだ。

っていうような諸々のことが書いてある、わかりやすい本はないものかしら。