実家のお片づけがイヤでイヤで辛い
主人の時は、片付けた後にどこにしまおうとか、どんな風に飾ろうとか考えながら片付けた
辛くてどうしても手がつけられないものは箱に詰めて少し眠らせたりして、今でも眠っているものが多い
けれど、母の物は片付けたら片付けだけゴミにされる
処分のための片付けだもん
この間(の受け止め方も人それぞれ)まで、ここで人が生きていたのになぁ
私には、まだ家も物も生きているように見えるのに
これも付喪神やらシャーマニズムやら的心性の為せる業なのでしょう
近代的自我から見れば、死体に酸素を送るような無駄な延命行為なのでしょうね
雪杯×すのう!のことを語る
