BS1とNスペ
国策としての行われた戦争の賠償も国策で決められて、被害を被った人は置いてけぼり。国が豊かになって、人が発言力を持つようになって、倍賞問題が再燃する。個人がそういう要求をできるようになったのは国が豊かになったからなので、その意味では間違いではなかったのかもしれない。けれども、今、その個々人の力が国策を左右している…というのを観て、いろいろ腑に落ちる部分もあり。倍賞でwinwinを目論んだ当時の国と国が、その経緯をもっとオープンにしたらいいのになぁと思ったり。でも、こうして見ると外交文書がある期間秘密にされるのも、時間を置いて公開されるのも、何かしらの機能をしているんだなぁとも思ったり。
でも、やはりこういう状況で役に立つ人って、想像力とか共感性がとても高い人なんだなぁ。後悔と目標と他人の苦しみを自分のものとする心がある人なんだなぁと思いました。
雪杯×すのう!のことを語る
