id:a-cup-of-snow は
雪杯×すのう!のことを語る

豊鹿嶋神社でのその他の話
・覆殿は幕末頃に出来たそう。国学とかが一般に浸透していた頃だから、村人がお金を出し合って、自分たちの神社に覆殿を作ったのかなーなど。
・その頃はこの辺りは旗本の管轄の天領だったのだけど、実際は埼玉側(所沢辺りまで)との交流の方か深かったとか。だからかなぁと思ったのですが、大きな家の表札の隣に大口真神のお札の貼ってあるのを見ました。三峰神社のかなぁ?武蔵御嶽神社かもなぁ。
・この辺りには縄文時代の遺跡があるとのこと。ただ弥生時代のはあまり出ていないのだとか。「稲作に向いていなかったからだと思います。」とのこと。でも「周りが弥生時代になる中、縄文の生活を守っている人たちが残っていた可能性もありますね。」と。おお!すごく夢がありますよねぇー。
他にもいろいろお話しして、木製の狛犬が福生か、向こうの方にもあるとか、獅子頭の古いのも多摩地区にあるとかうかがったのですが、楽しく聴いているうちに固有名刺はどんどん忘れてしまいました。
もう少し勉強したら、また行こうかなぁ。