id:a-cup-of-snow は
雪杯×すのう!のことを語る

唐突ですが、文明が高度になるほど自然災害での死傷者数・被害額が増えることを皮肉だなぁと思っていたのです。人口が増え、生活そのものの質が高くなるのだから、当然といえばそうなのですが、私なんかは単純に江戸時代より今の方が安全安心な社会のはずなのにって思っちゃうので。
で、今日、新聞読んでいて「へー。」と思うことがあったので、ところどころ抜粋します。

・リスクは『危険性』あるいは『危険』などと訳されることがよくありますが、本当は意味が違います。
・人類の欲望を満たす行為の裏返しとしてリスクが立ち現れる、ということです。
・これだけ人工化した暮らしを享受しておきながら『想定外』なんて無責任なことは言えない。
・人の営みにかかわることは、ほとんどすべてがリスクと言えるでしょう。

この後は「不確実性の高い分野でのリスクの専門家による判断を、如何にして市民が評価するか」などのお話が続きます。
・誰が判断すべきか、というのはそれ自体がいわば政治性を帯びてしまう。『科学的なデータによって白黒がつく』と信じられている問題のかなりの部分は政治的問題ということなんです。純粋に科学の問題だ、と思い込まされてしまうこと自体が危ういのです。
・専門家といえども一人の人間である以上、何らかのイデオロギー性はある。大切なのは『その専門家はどういう立場で発言しているのか』と、私たちが判断することです。

抜粋という行為にも、何らかのイデオロギー性はありますので、全文ご覧になってくださいねぇ。
朝日新聞の「東日本大震災3年特集」のオピニオン『リスクと向き合う』 大阪大学特任准教授・神里達博さんです。
(http://www.asahi.com/articles/DA3S11011591.html)