海女カフェが放ってあったのは、あそこは生活の場ではなくて、夢を見る場だから。
他の人は命を失いかけ、家や職場を失っている。海女カフェを再建する余力はないし、そもそも意義としても第一ではないもの。だから、再建できるのは、あきちゃんなんだなぁ。
ただ、思うのは、海女カフェはやっぱり外を向いた施設なんじゃないかなってこと。観光協会の人も、海女の皆さんも、外からの人を呼び込むための施設と認識しているんじゃないかなってこと。そういう力のある場所があることが地元にとっても力になり、心の拠り所になるとしても、やっぱり外向きであることに変わりはないんじゃないかな。
と、思うと、あきちゃんも、やはり外の人なのかなぁって思ったり。外とまで言わなくても、入り口あるいは出口、窓口?なのかなぁって思いました。
雪杯×すのう!のことを語る
