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雪杯×すのう!のことを語る

BS歴史館「天明の飢饉(ききん)災害復興が日本を変えた!」
・それまで藩と領民は大家と店子みたいなもので、藩主は家賃が取れればよかった。徐々に年貢をとるなら住民サービスをしなきゃいけないんじゃないか?という意識に変わりつつあったところに大飢饉があり、藩主は領民を守り育てなければいけないという意識改革に至った。
・子育て支援や領民教育、藩・商人・農民それぞれがそれぞれの裁量で災害の備える積み立てをしたり、意識改革、制度改革が進んだ。
・この頃の村落、町場の上層の人々の情報量は豊富で、自分たちが公を背負っているという意識が強くあった。

・福祉ってどこから芽生えた発想なのか。人こそ財産で、人こそ可能性だという気づきから生まれたものだ。何かそういう根本的なところを蔑ろにして、今は「くれくれ!」とか「やるやる!」とか言っている気がする。けれども、自分が財産で可能性であると自覚して生きようとしても、それを還元する先が不明瞭。そう思うと地方自治や分権制って、人が等身大で何かを与えたり受け取ったりするのには向いているのかなぁって思いました。還元する先を国とするには太平洋戦争の残した傷が大き過ぎてねぇ。もやもや。

・東日本大震災復興構想会議委員の赤坂憲雄が慎重に言葉を選びながら語る姿に胸が痛みました。「(現代の)我々は自治の力を信じていないのかもしれない。」