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雪杯×すのう!のことを語る

【「ソラリス」と「ストーカー」の話 最初からネタバレ】
「ソラリス」では知性のある惑星に、自分の無意識を具現化され、「ストーカー」では人間を一顧だにせず訪れ、去っていった地球外生命体の遺物とその影響で破壊された環境で、“願いを叶えてくれる部屋”を見いだすも、自分の無意識の願いが叶ってしまうことで暴かれる。

印象に残ったのは、「ソラリス」でのスナウトの台詞「人間に必要なのは宇宙開発ではなく、鏡である。」です。あと、クリスの「ギャバリャンは恥のために死んだのだ」です。

「ソラリス」も「ストーカー」も「科学的合理性でも、宗教的独特心でも、哲学的理性でもアクセス不能な圧倒的な異質な存在」によって「自分の知らない無意識が暴かれ」ます。その理不尽に、登場人物が科学や宗教や哲学の立場から、或いはそれを批判する立場から議論を繰り広げるのですが、どれほど議論を尽くしても、どこか空虚で徒労感がしんしんを足元を覆うようなかんじでした。
「人間に必要なのは人間を知ることだ。そのための鏡だ。けれど、それは叶わないのだ。」と、この映画は言っているように思いました。
と、言葉にするとこうなっちゃうんだけど、本当はそうじゃない、そんな気がします。よくわからない!

あとは、ちょっとした感想というか本音
・原作が好きなので、本来のSFとしての上手さが消えてしまったことが残念です。SFっていう設定は観客の心より頭を揺さぶるにはもってこいだとは思うけれど。でも、このあと「鏡」を撮っていることを考えると、監督には作ることが必要な作品だったのだと思います。
・ただ、これはこれとして見ると面白いです。SFとしても、難しいお話としても、サスペンスとしても。(「ソラリス」)
・あんだけ「テリー、テリー」「贖罪だ」っっていって跪いていたくせに、一番強い脳波を送ったら「ママン&パパン。アイムホーム!(英語じゃないけど、しかも、こんな台詞ないけど)」かよ!って思ってごめんなさい。でも、そうなんだろうなぁ。(「ソラリス」)
・ゾーンの罠が台詞だけなので、三人の騙し騙され心理戦みたいになっていて、映画の主題からすればこれで正しいのだけど、原作好きとしては残念です。ゾーンの圧倒的暴力を描いてほしかった。けど、CGで完全映像化に意味があるだろうか?ゾーンの不可知な部分が映像になることで理解出来る気分になってしまいそう。(「ストーカー」)