【歴博で聞きかじった幕末の話】
あれこれと見聞を広げ、歴史博物館に行きたいと言う母と一緒に訪れた歴博で、ちょうど公開講座を開催していました。「聴講する」という母と一番後ろで聞くこと60分。
おもしろかったのです。
江戸時代の栄区の村が助郷という役割を果たしていた時のあれこれの話でした。助郷っていうのは東海道のような宿場に周囲の村から人馬を供与する役割のことらしいです。何が面白かったかというと…
・開幕時は天領だった地域がだんだん旗本領になった。
(旗本を養うのが負担になっていったのかなぁ?)
・村は領主に納める年貢の他に、助郷のような国役も課されていた。
(領主に対する仕事と、国へのお勤めは別物)
・基本的に一つの国役を請け負っている場合、二重に役目を負わされることはない。
この上で、
・幕末、海防のために藩が働かされるようになると、二重に国役を負うことのないよう、藩は江戸市中の警備の任を解かれて海防に回されたケースがあった。そのために、江戸の治安が悪化したという説がある。
(なるほど!)
・沿岸地域のみならず近隣の村々が海防を担当する藩の預かり地となったため、そのような村は年貢(領主に)、海防の人足として働く(領主の動員による)と、助郷(国の仕事)と三重の労役に苦しんだ。
(なるほど!)
・開国すると東海道の往来量は爆発的に増え、助郷にかり出される村も増え、村の負担も増えた。
(なるほど!)
飢饉とかあったにせよ、江戸時代は平和と安定が維持されていた(そういう努力がされていた)と思うのです。外国船が来た、開国した影響がこういう風に現れて、人心の不安や農村の疲弊っていう足元からの解体が進んでいたのかなぁって、思ったのです。
講師の先生はこの辺りが一番よく描かれているのが、地域は違うけれど「夜明け前」ですっておっしゃっていました。へぇ!読んだことないや…。
