【思うこと…】
どうやって死ぬか、っていう話は好きではないのです。「健康なうちにぽっくり逝きたい」とか「治らない病気になったら死を選ぶ」とか。
それは「“健康な人”や“まだ若い人”が、“あるところから先の生は不要・無意味”と判断すること」のように思うからです。
老いたり、病んだりして、今できていることができなくなる自分を思うと確かに悲しいけれど、身近な老いた人、病んだ人のことを思い出すと、あの人たちの日々、一刻一刻が価値のないものだったとは思えないのです。今の私が、いつか年老いたり病んだりする自分を想像して「そうなった自分の命には永らえるだけの意味がない」と判断するのは、とても傲慢なことなんじゃないかなぁって思います。
雪杯×すのう!のことを語る
