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くたびれ はてこのことを語る

息子を伴侶にしている人が息子の妻を受け入れることがあるとすれば、それは家事が厳しくなったときかなと思う。
伴侶が第二夫人を迎えて家事を引き受け、話し相手になり、自分に代わって伴侶の子を産んでくれる。
正妻は自分だから当然同居。あんまり二人でベタベタしたりはさせない。
母がそれを望む日が来るまで夫である息子は後ろめたさなしに女性とつきあうことは難しいと思う。
逆に言えば孫もいらないし家事は当分自分がやると母が思っている間はいい反応は期待できない。
そしてそこで母の望みを裏切ることは卑しむべき父親の血が流れていることの証明に繋がる。

30年40年かけて理想の夫として育てられ、母親の伴侶として生涯暮らすのは悪いことじゃないかもなと思う。
気心の知れた年下の男性を伴侶にして母も嬉しい、息子も懐深い女性と居心地よく暮らせてしあわせ。
そりゃ気が合わないこともあるだろうけれど、それはふつうの夫婦も同じだ。
結婚して所帯を分け、子どもを持つことばかりがいい生き方ではないだろう。
ギリシャやフランスならともかく、日本にはセックスレス夫婦も大勢いるからその辺も同じようなものだ。

わたしはこういう家庭の悲劇であり母親の呪いであるものは
息子が自分に流れている父親の血を否定せざるを得ない状況に追い込まれることだと思う。
父を愛すること、受容することが母への裏切りになること、伴侶と二人で家庭を作ることが母の遺棄になること
そういう状況で母を裏切り、見捨てて自立するには、母に憎み見限れるほど酷いところがないと難しい。
母の伴侶になっている息子のみなさんの母リスペクトを聞くと複雑な気分になる。