母は心底恐くなってカーテンをそーーっと閉めた。
そしてどこに隠れたらいいのかわからないまま壁に背をつけて部屋の中をじりじりと移動した。
水音はけっこう長い間続いていたらしい。父の帰宅は深夜になった。
父を乗せたタクシーの音が聞こえてきたとき、母はようやくほっとして玄関へ急いだ。
そしてすっかり泥酔状態の父に池から不審な音がすることを話した。
父はわかったのか、わかっていないのかわからない様子で呂律もまわらなかったが
「おまえは家に入っていろ」
と母に言って、一人で外へ出て行った。
それから父は池の向こう、塀を挟んだ通りの向こうにあるからたちの林に向かって小一時間怒鳴っていた。
母は父が何をしているのかわからなかったけれど、切れ切れに父の言葉は聞こえてきた。
「帰れ」
「ここはおまえらのくるところじゃない」
父はそんなことをからたちの林の梢に向かって、母の言葉を借りれば「がーがー怒鳴って」いた。
そしてようやく戻ってくると「あの婆あ、娘に白い着物なんか着せやがって」とぶつぶつ独り言を言っていた。
