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くたびれ はてこのことを語る

原発稼動し続けるとして、誰があの危険な現場作業をやるのか。
原発作業員が入れるがん保険はあるのか。
電気不足で医療交通その他に支障が出るのは困る。
でも目の前に瀕死の家族と、見知らぬ健康な人がいて、その人に向かって
「家族のために電気が必要なので原発の現場作業をしてください」
「あなたの郷に原発を作らせてください」
とはわたしは言えない。
いや、言ったら決定的だから、口には出さずにそうしてくれたらいいなと思うかもしれない。
誰かが代わりにそうすべきだと圧力をかけてくれたらいいなと思うかもしれないとは思う。
でもそうなりたくない。自分の家族にそういう圧力をかけてくる人がいたらきつい。

たかが電気という言葉は、
「そのために人を周知された危険な状況に追い込むほどのものなのか」
という意味だとわたしは思った。
自分の音楽のために誰かよく知った人を原発施設に行って貰う必要があるとか、
自分の、あるいは大事に思う誰かの故郷に原発を作る必要があるとなったら、
「たかが電気だろ、じゃーいーよ、そこまでしなくても。他の方法考えるよ」
という人は少なくないんじゃないかな。というか、少なくないといいなと思う。

「原発にあらずば電気は作れず」
「電気はこれまでどおりすべてに使うか、いっさい使わないか」
という二択じゃなくて、
「必要なだけの電気を極力安全な方法で優先順位の高いところへいかに送るか」
だと思う。

こないだ雷がばんばん落ちてたときに、あれを蓄電できたらいいのになと思った。