祖父は生粋の九州男児だけれど誰に対しても腰が低くて親切で働き者。
男尊女卑社会では舐められ見下されやすい。
亭主関白ばんざいな息子はこのすばらしい父が気に食わないようで何かと邪険にする。
父の前で祖父に話しかけたり用を買って出ようとすると父が不機嫌になり、険悪な雰囲気になる。
勢い父の前では祖父から少し距離を置いて、祖父の部屋へこそこそ忍んで行っている。
自分がASだと知ってから多数派の考え方が以前よりよくわかるようになった。
今のわたしの方が周囲から受けがいいところはあるけれど、こういうとき日和っていじめに加担している気持ちになる。
自分は自分、人は人だと言ってはいても、明らかに違う選択をすると責められいる、攻撃されていると感じる人がいる。
当人がやましい気持ちを持っている場合はなおさら。
昔だったら「悪いことをしているわけじゃないならこんな風に気を使うことはない」と考えたと思う。
「そんな風に考える方が悪いんだから気にしなくていい」「話し合えばいい」
そして実際そんな風に行動して、家の中でも学校でも波風が立って大騒ぎになることが少なくなかった。
今では問題を口に出すことがすでに波乱含みだと分かるようになった。
祖父もたぶんASなのだと思う。軍隊ではずいぶんいじめられたと言っていた。
「軍隊では上官はぜったいやもんな。そんな風にしよったらだんだん人は何でも言われたことをするようになるよ」
「でもおじいちゃんはそうなりきらんやった」
祖父は軍隊でも家の中でも見えない潮の流れのようなものに乗っていないのだと思う。
そこには声高な主張も頑固な信念に基づく押し付けもないから周囲も事実に基づいて祖父を攻撃する根拠はない。
ただこちら側の人間じゃないということだけは分かるから、流れがそっちへ行くと簡単に八部の対象にされる。
いまはそれがわかる。祖父が悪くないということも、それで周囲が納得するわけじゃないということも。
