むかし旅先で知り合ったご夫婦から食事に招かれた。
当時わたしは月給6万前後で家賃3万4千円のアパートに一人暮らしをしていた。
軽食だと思ったら割烹料理店で、量もかなりあり、次々に出てくる。
食事はとても美味しかったけれどいったいいくらするのがものすごく心配になった。
そのご夫婦が共稼ぎでつましい暮らしをしていることを知っていたのでなおさらだ。
とはいえ持ち合わせが決定的にない。どどどうしよう。
すると食事が終わりに近づいたころ奥様がご主人に
「あなた、今日はご馳走さま」
と、その場のみんなに聞こえるように、とてもやさしい笑顔でお礼を言った。
招かれていたほかの人たちもそれを合図にいっせいにお礼を言った。
ここは出しますから、いいえいいです、そういうわけには、という押収はなかった。
実にスマートだった。
いつか自分が誰かにご馳走するときはこの精神を見習おう、忘れまいと思った。
今よりずっとお金がなかったころ、いろいろな方から親切にしていただいた。
みなさんわたしのためにいろいろな大義名分を考え出して受け取らせてくださった。
返すものもなかったのでそのたびお手紙やカードを描いて送った。
いただいたものがどんなに役立ったか、何に変わったかをお知らせして感謝した。
人生切羽詰っていたので本当に助かったから自然に心底ありがたく思えた。
数学者のポール・エルデシュが貧しい学生に学費を援助した話がある。
学生は数年後無事学業をおさめ、エルデシュの財産を管理している友人に手紙を書いた。
「エルデシュは学費の返還に利子も要求するでしょうか」
エルデシュは答えた。
「自分がしてもらったことを、君も誰かにしてやりたまえ」
人に親切にしてもらうこと、時に分不相応なものをさえ受け取ること、それ自体は悪いことじゃないと思う。
でも相手がどんなに潤沢な資源を持っているとしても、それを当然だと思わないことは大事だと思う。
よもや人が自分に資源を提供するのは礼儀だと思うようにならないように気をつけないといけないと思う。
