id:kutabirehateko
くたびれ はてこのことを語る

「あなたは親にとって都合のいい『いい子』だったんじゃないか。でもそれを敢えてやめることで人生は変わるよ」というのは結構受け入れられる。当人もやる気出したりする。

でも、「あなたはいじめるのに都合のいい『いじめられっこ』だったんじゃないか」っていうと、いじめっこの肩を持つのかてめえ表に出ろってなりがちだ。

「自分を守る本」というフランスの子ども向けいじめ対策本に「心の力が強くする」という表現があった。相手と戦う必要はなく、当人が自分の価値を確信すると、人はその人を邪険に扱えないというような意味だった。何度も読んで少しずつわかってきた。

「悪いのは相手なんだからこっちは一ミリも変わる必要はない」
ということはないとわたしは思う。自分が生きやすいように変化していいと思う。

楽器やゲームを楽しむこと、自分のすきなこと嫌いなことを模索して自覚することで心の力を強めようと書いてあった。他のクラス、他の学校、他の社会の中で自信をつけることもこれに相当すると思う。そういう観点から、ハイクで年齢も立場も違う人たちを相手に自分の窮状を綴るのは意味があるんじゃないかな。