9年前の今日は、役所に行って届けを出して横浜の駅ビルで食事して、帰宅してすぐに寝た。
もちおを異性としてどうしてもすきじゃなくて、付き合うことも結婚することもずっと断り続けていた。
原因不明のまま911以降体調を崩し、体重は減り続け、神経は亢進しっぱなしで、自分でトイレにいくのもままならないような日々だった。年明けてしばらくしたら死ぬんじゃないかと思っていた。
「ここで孤独死したら資産価値がさがるべな。大家さんに迷惑かけるべな」
と悶々としていて、なんとか自分の始末をしなければならないと思い、遺体があがらないというフェリーの航路を調べたりしていた。
手元の貯金で持ち物を処分してフェリーに乗るのはかなりの体力を要することで、考えるだけで圧倒された。電話で福祉の相談をしたけれど、役所に手続きにいくことさえ大変なことだった。
「親族から援助ができないむね一筆書いてください」と言われたけれど、すでに同居も援助も断っていた父も、母も、そんなことを書くのは嫌がって書いてもらえないだろうと思った。
