その夜わたしはそれはそれは悲しい気持ちで眠りについた。
その頃母はスポック博士の育児書にはまっており、わたしは一人で家族と離れた部屋に寝かされていた。
母はわたしを一人で寝かせることでアメリカ式に自立を促そうと思っていたようだった。
年子の弟と二人分の面倒を見なくてすむという利点もあった。
最初の夜、わたしがあんまり泣くので兄も泣き出して一緒に寝かせてあげてと懇願した。
母は自立と実利のため兄の願いを却下した。
わたしの「自立した」「女の子」教育は2歳で始まっていたといえる。
当事者にとっては得するところが一つもない制度だった。
