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florentine(磯崎愛)のことを語る

「「幾つかの意味でその通りだと思います。というのは、この本はもともと主に大学の1年生を対象にした4回の講義をまとめたテクストなのでわかりやすい。一から説いているし、自分の哲学の見方を4回にまとめているという点でも哲学入門に適しているでしょう。講義以前の思想、以降のリオタールの立場もここで見通せるほど上手くまとまっているんじゃないかなと思います」

「──若い研究者が育っているんですね。再びトークセッションの話題に戻らせていただいて、前回の丹生谷さんがマルローの『人間の条件』を読んだ時のお話。それが小学5年生の時だったというのも軽い衝撃でした。その経験から厭世観が芽生えて、人生に暗い影を落とすようになったという(笑)。
 
「今までずっと引きずっていたんですか!?という感じもありますが(笑)」
 
──あの時がオープンな場での松葉さんと丹生谷さんとの初めての対談でした。「ずっと名前は存じ上げていて、いつかはどこかで交差することがあるだろうと思っていたけど、『死者』の言葉が象徴するおどろおどろしいイメージが先行していた」とも仰っていました。実際に丹生谷さんと神戸で交流されるようになり、そのイメージは更新されましたか?
 
「一つ、間に鈴木創士という悪い奴がいることが大きいですね(笑)。彼を通じて色々な話は聞いていたので、それほど間違ったイメージを抱いていたわけじゃないですけど、テクストとバイクを乗り回しているイメージとはどうもうまく結びつかなかった。でも本人に会って納得しました(笑)。時々見せる厭世的というか、暗い顔にはドキッとすることがあります」
 
──それはマルローのせいかもしれません(笑)。前回の対談はキリストの身体、「肉」の問題が主題になっていましたね。
 
「あの対談で出た丹生谷さんの「肉」の読み方は、僕にはたぶん出来ない。「肉」に物体としての人間という意味で死の影がさしているわけで、その意味での丹生谷さんの解釈は間違ってないし、まったくその通りなんですけど、僕には出来ないなという感じですね」」
http://www.kobe-eiga.net/siryo/2014/03/post_22.php
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マルローか。
「晩になれば家に帰るけれども、それでも彼らを待っているものはやはり孤独であるってアンドレ・マルローが書いていて、そんなもんだよなあって窓の外の夕焼けを見ながら小学生のときに嘆息した。ここの西日を見るといつも、あれを思い出す。」

面白そうだよなああああ、うーん
神戸、こうべ、うーん