スンナ派カリフ論の脱構築 : 地上における法の支配の実現
スンナハ カリフロン ノ ダツコウチク : チジョウ ニオケル ホウ ノ シハイ ノ ジツゲン
中田, 考 , ナカタ, コウ , Nakata, Ko
http://jairo.nii.ac.jp/0027/00026129/en
「カリフ制を「地上における法の支配の実現」として理解するためには、民主制、独裁制等の現代西欧の政治学の概念装置が、政治を人の支配と捉えるギリシャ以来の西欧の伝統に由来することを自覚化する必要がある。そこで本稿では、イスラームと西洋に中国を加えて政治思想の「三角測量」を行いイスラーム政治思想の特徴を明るみに出す。」
「法」の明快、というのかガチガチ、みたいなのか?
ともかく面白かった。
個人的に、アラビア語の授業やら何かの本やらで知って(いちおう『コーラン』は岩波で読んでるけど)ばらばらになっていたし忘れてたアレコレがカチっと像を結んだような。
「そしてクルアーンに頻出する「アッラーは諸天と地の主」との表現において複数形の
「諸天(samwt)」に対し、「地(ar)」は常に単数形で現れる。「スルタンは地上におけるアッラーの影」(ハディース:アブー・ヌアイム・アル=アスバハーニー)と言われるように、大地は単一にして不可分であり、全宇宙においてアッラー以外に神が存在しないことと、地上にアッラーの代理人たるカリフが一人しか存在しないことは同型で対応しているのである。」
視覚イメージというのは、とらえやすいなあ。これ、いつ、知ったんだろう?
ともかくも、たぶん、ちょうど今このタイミングだからかもしらん。こないだライシテの本とかだらっと読んだばかりだし(だらっと、ていうのはね、正直まだこう掴み損ねてる感じなんだよね、ひじょうにもどかしい、というか。まだ再読したらいいかもだなあ)
(じつは、サンドロのはなしでレオ様をここへ位置づけて西欧と対比させたいという欲望もないわけではないのだが、あまりにも難しいし、いずれにせよ母親である奴隷の娘にこうした「教育」があったのかどうかというあたりでリアリティにもかけるし、たとえあったとして教わるほど一緒にもいないわけで(母からの手紙という手はつかえるのだが)、じっさいこの説を支持する学者も少ないしで、ていうかなによりもわたしがワカランのだから無理か、みたいなのもある。ただ、裏テーマが「西欧文明」なので、なあ)
イスラームとテロ
2005年4月
中 田 考
同志社大学神学部教授
『大航海』No.54(2005年4月、新書館)に掲載されたものを許諾を得て転載
http://www.linelabo.com/islam-nakata.htm
「しかし,現在起こっている所謂「イスラーム・テロ」はそのような「文明の衝突」などではなく,西欧の侵略者による虐殺,収奪,人権踪閥への抵抗であり,それ裾西欧自身の価値体系に照らしても不正なのである。それゆえイスラーム世界を収奪する西欧の支配者たちは,自らの権力と利権を守るために,その告発が良識ある西欧の市民の耳に届いて不正が白日の下に晒されることを全力を挙げて阻止されねばならないのであり,それこそが「イスラーム・テロ」が「テロ」の名を冠ざれ,問題の原因・背景の争点化が阻まれ,「テロリスト」の汚名を着せられた者たちとのいかなる議論・交渉も許されず「思考停止」が強制される所以なのである。」
こちらは鵜飼哲「欧州を覆った内戦的状況」『毎日新聞』夕刊,一九九八年九月二十八日)の言及あり。
相手側が強大なときには、だって、弱いほうがとれる方法ってそういうもの以外、ないよね。て、ちっちゃいころから思ってたよ、ていうはなしなような気がする。
第四部を書く日がいつくるのかわからないけれど、ていうか、マフラーも終わってないし、あちらこちらで終わらせてないものばかりでなんだけど、
気持ち的に、何のはなしでどうこうってことじゃなくて、こういうことは言っていきたいし、こういうことが言えないようでは書いてる意味ないじゃん、ておもってる。
