勝手に引用
しゅのーせんせーのついったー(
)から
(再掲もあり、手が痛いのでリンク省略失礼いたします わたしのブクマから http://b.hatena.ne.jp/florentine/%E6%AE%8A%E8%83%BD%E5%B0%86%E4%B9%8B/)
「売れて金が欲しい」「みんなから評価されたい」「後世に残りたい」と作者にはいろいろ邪念がわくわけですが、結局、自分がやりたいことをやって、なんとか(ささやかとはいえ)流通させるかしかないんじゃないでしょうか。オレみたいな通俗作家も決して楽じゃないっすよww
後世に残るかどうかなんか知るかよ。どうせ死んでるしw
いま現在評価されるか、200年後に評価されるか、どちらを選択するかはクリエイターの自由である。大部分のクリエイターは現在も200年後も評価されない。
バカが小説家になってもいいですけど、バカが批評家になっちゃいけませんっ!
作者にとっても作品は他者である。それはそうなんだが、作者は作品を改変しようと思えばできるからね。批評家や読者はどんなに念じても作品を変えることはできない。ここに非対称性がある。
批評家や読者は作品そのものを改変することはできないので、自分なりに読み変えることになる。頭のいい人が読み変えるとおもしろいから「批評」になり、頭の悪い人だと「誤読」になる。
最前列に坐る読者もいれば、かなり後ろに坐る読者もいる
翻訳にぶつくさ言うやつは原文で読めばいいの。原文で読んだってわかんないんだから。で、作者もホントはわかってないのよ。作者が全部わかってる話なんてつまんないに決まってるじゃん
つまり作者の意見なんか聞いたってしかたないんだよ。作者がバカで性格最悪でも作品はすばらしい、と認定するのが批評だろ?
町山智浩のスタンスにやや疑問を感じるのはそこだな。作者にインタヴューすればすべてわかるとはかぎらないだろう。作者は自分でもわかんないことを表現しようとするもんなんじゃないのか
確か青山南のエッセイで読んだと記憶するが、富士川義之がダレルに翻訳上の不明点を問い合わせたところ、「わからないところは飛ばせ」と返事が来たそうなw。
うちの姉は本を贈ると律儀に「おもしろかったよ」と電話してきて、必ず「で、犯人は誰だったの」と訊く。おかげでいつも電話口でどういう話だったか説明しなければならないw
こんな小説鑑賞力ゼロの姉とは縁を切るべきかもしれないけど、まあ、とりあえず読んで「おもしろかった」と言ってくれるだけでもありがたいかなあ、と。姉は小説なんてほとんど読まないもんでね。
なんだか50年近く一所懸命人間のふりをして生きてきたような気がするw
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博覧強記を絵に描いたような覆面作家、カッコイイ!
日本の作家で最も尊敬するひとのおひとり
こういうひとになりたいと願いながら、わたしには力量が足らなさすぎ(覆面ヤルってのは超絶実力が伴わなければ無理でするよ)
ひとさまに憧れてもでも、しょうがないのよね
憧れるのは悪くないけど、目標とかそういうのとしては悪くないけど、そのひとにはなれないわけだし
この世に同じ作家はふたりもいらないので
わたしはわたしのやれることやりたいことやるべきこと等を粛々といたしまするよよよよ
ありがたいことに、「小説」、というのはこんなにいろいろな方法論だの技術だのが出尽くしていると言われようと、それでもまだ、おかしなことに、誰かが何かをヤレルだけの深さとひろさを十二分にたたえたモノであるのでなあ
