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florentine(磯崎愛)のことを語る

20が、すすまなさすぎる
辛い

めも
「現代フランス小説における消失の形象(Figures de la disparition dans le roman contemporain)についてお話しいただきました。痕跡を残すこととは逆の、消滅するという欲望。社会に対して個人の抵抗を示す最後の手段が消滅なのではないか。第二次世界大戦中の集団殺戮の記憶と抗いがたく結びつきながらも、作家と読者、双方を魅了しつづけるパラドクサルな形象として、現代における消滅の形象の特徴が指摘されました。」
「証言者、証人の不在というオブセッション。」
「ラバテ氏は、社会による管理を逃れるための消失点としての消滅という視点から、ジョルジョ・アガンベンの「装置[ディスポジティフ]とは何か ?」の議論に付け足すべき点として、すべての主体化のプロセスには、脱主体化が内包されていることを論じました。また、それゆえに消滅とは、現代小説最大の魅力でありながらも、それは誤った不完全な解決策でしかないこと、現代社会は新たな主体化の方法を見出さなくてはならないことが強調されました。」
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2010/06/figures-de-la-disparition-dans/

「個人は水面で持ち上がる波に似ている。そこから完全に離脱することはできない、しかも、結束する大衆のなかでたちまち転げ、呑みこまれる。それはつねに自分を運ぶ潮のあらがえない動きのなかで転げる。それなのになぜ、何度も何度も身を持ち上げなければならないのだろう?」
「この海には岸辺がない。 すべてが呑みこまれる。 なおも水面に顔を出す魚。 死なないための一呼吸。 呼吸、つまり読書。」 
http://h.hatena.ne.jp/florentine/299884001954836961
「ラトロは理(ラティオ)と情(アフェクトゥス)はたがいに切り離すことができないと言い――正確を期すると《in ratione habere aliquem locum affectus》〔理にはその一部に情念が含まれている〕――また、理が先走ってしまったため、情はそれにぶらさがっているとも言い、最終的には「理にかなった思考はおそらく、より情の深いものから作られたものだ」とも言った。」
http://h.hatena.ne.jp/florentine/189925920601547430

「人は自分の言っていることがわからない、人は自分のしていることがわからない」パスカル・キニャール『アルブキウス』より