経済の未来――世界をその幻惑から解くために
原書:L'avenir de l'économie: Sortir de l'économystification, Flammarion, 2012.
目次:
序 政治を手玉に取る経済
第一章 経済と悪という問題
第二章 自己超越
第三章 終わりの経済学と経済の終わり
第四章 経済理性批判
結び 運命論を脱けて
補遺 時間、パラドクス
訳者あとがき
★発売済。昨年2月に刊行された話題書が1年足らずで翻訳されました。「この本は、政治が経済に、また権力が経理になぶりものとされるのを目の当たりにしての恥辱から、やむにやまれず書いたものである」(3頁)。これが本書の書き出しです。かつて宗教が政治の上に立っていたように、今は経済が政治を「みずからの卑屈な手先」(8頁)としており、結果、「わたしたちの社会は動きが取れなくなっている」(9頁)とデュピュイは指摘します。「脱け出すべきは資本主義というよりむしろ経済が政治を幻惑している現下の状況であり、そこから抜け出した先で新しい経済理性そのものを創り出すべきなのだ」(9-10頁)。「わたしたちが現に知っている経済にはおそらく未来がない」(11頁)ものの、「あたかも破局の到来がわたしたちの運命であるかのように、しかしわたしたちにそれを拒む自由のある運命であるかのように考えること」(239頁)、これがデュピュイの言う「賢明な破局主義」です。「資本主義の延命は今日、グローバリゼーションの成否と分かちがたく結びついている。〔…〕グローバリゼーションの失敗は反グローバリゼーションの勝利ではない。それは必ずや何かしらの大きな破局、付随的(コラテラル)ダメージとして資本主義の終わりをともなう破局であるはずだ」(166頁)。人間の経済活動がもつ根本的な問題点を抉りつつ、破局ではない別の運命を選ぼうとする本書は、まさにビジネスマンや政治家にとって必読の痛烈な皮肉で読者の日常的まどろみを覚ましてくれますhttp://urag.exblog.jp/17221562/
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せんじつのヴァールブルクしんぽでこの訳者さんの発表すばらしかった
でぃでぃゆべるまんに対して「上手に語りすぎている」というようなことをおっしゃっていたのが印象的で、これはたぶん、みなが感じていたことだとは思うけど、わたしもそうおもってて、でもそれがゆえに気持ちよくて、その気持ちよさが何かを失っていることに気づいてさえも(そりゃ気づくわな、誰しも)、わたしは悪魔に魅入られたようにひかれてしまうという「語り」への欲求があるということも再確認できたし(つまり語れないヴァールブルクの姿、その「偉大」もそこではっきりとたちあがる)、そして「そのひと固有、特有のものはどうしてもある」というようなこともはなしてくれて、そのひとことがわたし的にはたいそうな「救い」「安堵」になったので、これも読む予定(先になるかもだけど、読む)
