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florentine(磯崎愛)のことを語る

こっそり反応、発信、小説かきはけっきょく小説でしかものがまともにいえないのだ

ちゃん呼びされとるし・・・、
いえ、そっちが素ですけど(汗)、
そして照れるんですけど!(大汗)

わたしがスタコメでぶつくさいうのは、
たいていはふたつの理由からで、
ひとつは、
この社会における興業的(ひとに見せるもの、アート等含む)なものに関して己が気にくわないこと(ここらへん傍点ねw)には無視や黙殺を決めつけるのが実はイチバン有効
ていうわたしの「信条」があって(いやー、だってさー、物書きだからわかるけど、ナイものにされることより辛いことないからね!)
これ以上は拡散させないぜ! みたいなw
一顧だにしない、という姿勢を貫きたいの

けど、ふたつめに相当するのは、
それを「見過ごす」のはやはり納得がいかないので(それは「卑怯」とか「怯懦」であると思えるので、そうじゃ悪いというのではないのだけど、でも、まあ、なんていうか、気づいたのに知らぬふりというのはそれはそれで何か違う気がする、のですよやはり)、
この先わたしが小説にするための「叩き台」となる言葉に少しだけ、そのときの空気やひかりや場そのもののなにかを触れさせておいてやりたい、ていうのがあって、
あまりにもグダグダでほんとに隠したいことは鍵かけたダイアリーにかいておくんだけど
たぶんハイクという場所への「甘え」も含みつつ、
(つまりは誰かへの「期待」という、品の無さではあるのだけど)
ちょぴっとここへ漏らすんだとおもう

そうなのだ
対話するならまだしも(ここはガチで突っ込んでいきますぜ!)
そうじゃないときには、出来得る限り「一般化」とか「普遍化」とか、または「汎用性」みたいなものを与えたうえで語りたい、ていう欲求があって、
それは個別性と普遍性の問題で、小説と物語の関係というか、
または撃ち抜きたいモノや、裏切っていく言葉との「距離」や「強度」の問題だったりするんだけど
このへんは、説明がむずかしすぎるので割愛

たんに、わたしがどうしようもなく小説書きなのだ、
ていうひとことで足りるんだろうな、ははははは
うん、でも、
いいたいことがいえる、ていうのは、
じぶんの場合だと、それはやっぱりどうしても誰もいない場所、どこでもない場所、「小説」しかないんだろうなあ
と、
あらためて