ひとりごと
なんか、ずっとひとさまとの差異がよくわかんないていうか、わかるんだけどワカンナイみたいな感じできたのだけど
ようやく色んな諸相でとりあえずのところ、腑に落ちたみたいな気がする
「自分がいない「絶対安全圏内」で「完全に解放」されること」
(りんくあえてはりません、すみません)
たとえば、らぶえっち小説よみますよていうときのわたしはたぶん、こういう感じなんだろうけど
「書く」ことにおいては、わたしにそういう感覚はナイ、んだな、まったく
少なくとも小説らしきものが書けるようになってからずっと
書くひとであるときは、そして本気で「読む」(つまりそれは「書く行為と同等のものになる」)ときは、
つねにそこはとても恐ろしい(この世でもっとも深い、怖い、痛いといっても過言ではない)場所だし、脅かされる、または何かを脅かす場所で時間だ
自己慰撫、慰藉のために書いたことがないとはもちろんのこと言わないけれどそれは常に、どんなときであろうと(どんな作品であろうと)、「読まれる」ことを意識するがゆえに「解放」という語に備わっているであろうナニカとは無縁だ
くりかえすけど、自分を守りながら描かないこと、ていうのは常に自分に課している、できているかどうかは別にして(これは、ねえええ、やれてればいいけど!><)
逆にいうと、自分を守りながら書いてしまっていると意識すると、小説の進行がとまるw のだとおもう単純なはなし
十全に、おはなしを活かしきれていないから、語りきれてないから
それゆえに「全部脱げ!」になるわけね
ていうあたりでいろいろつながったのだ、
わかってるようでわかってないような、そういうあやふやなところに、ひとまず線を引けた感じがしたので記しておく
