今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ-犠牲の「思想」』=鈴木順子・著
http://ameblo.jp/officekashima/entry-11463354668.html
「では、ヴェイユは権利に代わって何を社会の基礎とすべきと主張するのだろうか?
義務である。義務こそは権利を支える観念なのである。著者は「義務の観念は権利の観念に優先する。後者は前者に従属し、依存する」というヴェイユの言葉を受けて、次のように言う。「こうしてヴェイユは『自分は義務を負った』と考える存在があって、初めて権利が存在する、その逆では決してありえない、ということを強調した」
では、人は何に対して義務を負っているのか? 「相手を救うことができる時、飢えで苦しんでいる人をそのままに放っておかないことは、人間に対する永遠の義務の一つである」
しかし、この「永遠の義務」を履行し、他者を生かそうとすれば、人は自身のなにがしかを犠牲にせざるをえない。ヴェイユはまさにそうした義務から発生する犠牲を、神秘体験をきっかけに内的動機として生きたのである。「徹頭徹尾『他者を生かす』思想としての犠牲論を自分でも生ききったのがヴェイユの特徴である」
ヴェイユ未読
TLでヴェイユ好きなかたがいて、そのかたの、インテリや作家たちの発する、いっけん正しいようで他者への配慮にかける発言や世の中のさもしい風潮等を鋭く批判する言葉がとても好きで、というか、わたしもソレでいいの!? ておもうときにそういう言葉をたいていちゃんと呟いてくれていて(つまりわたしはだまってたり、またはスタコメ等で呟いたりコッソリ卑怯なんだけど)、ああいうひとは信頼できるし、かっこいい
ヴェイユ、ネオプラトニズム的なところでずっと気になってた
先日けっきょくよまないで返しちゃったのだ(今はともかく、中世関連の資料よまないとなので 汗)
