いえいえこちらこそ、なんかいきなしすみませんでした。ありがとうと言っていただいてほっとしています。
「芋粥」で何をどうやりあったのかがわからないと核心に近づけないかもですが、それはおいて、
「読書感想文」というのはとてもとてもむつかしいもので、あたりまえに作品を腑分けできる程度の、つまり「批評」できるていどの何かがないと書けないものだと思います。それを誤魔化して、粗筋を述べてちょっとばかし道徳的なことなり批判的なことなりなんなりを書いとけばどうにかなるというあたりにこう、国語教育の粗雑さを問うてもいいんじゃないかという大変に厄介なものと個人的には考えています。
それと、「誰も通らない夜道を歩いている」感覚は、どんな凄い小説家も持っていると思います。それこそ誰も歩いてない道をすすんで歩こうとするのがある意味ではゲイジュツカですから。
そして、もうひとつ、
ご自身はそういう夜道やら五里霧中の心境においでかもしれませんが、
たぶん、外から見ると、そういう夜道や霧のなかをわけもわからずよろよろと歩いているひとこそが、
「光」になって周囲を照らしているのではないかと思います。
誰もがわかる道を歩いているひとは、道標になったりはしません。まわりを照らすこともありません。それは見えている道ですから、そんな必要はないのです。
弱さや迷いや劣等感といったものが、実はどこかで、同じ悩みをもつ誰かのこころをほっとさせ悩みの元を明るみにだし照らす要因になったりしていることは往々にしてあるように、じぶんなりの迷いながらの解釈、「ああでもないこうでもない」ということこそが何かしら、とても大事なものである可能性はきっとあるのじゃないかと思います。
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