どうせなら鴎外や谷崎にわが身を仮託したいと願うのに(だって最高の美文家で小説巧者だもん!)、どうしてか「由紀夫さん」のほうがシックリくるの。
鹿島茂編『三島由紀夫のフランス文学講座』(ちくま文庫)、
たいそうイイこと言ってました(て、ナニこの超絶上から目線w)。
個人的に面白かったのは、澁澤との関係、かなあ。シブサワはサド本の帯を書いてもらうのに、震えながら三島に電話をしたそうだけど(なにかでそう読んだ)、でも、けっきょくは、なんていうか、シブサワはシブサワだよな。乾いてる。醒めてるというか傲慢。不遜。不羈。しんから、えらそーw
三島は「大衆」に愛されたかったひとで(じっさいに愛されていたし・いる・し)きわめて(悪い意味でも)真面目だし、どこかで「愛情」という濡れて湿った手を常に欲しているよなあ、と。こう、気質の違いを目の当たりにしたような。
とはいえ、バタイユやクロソフスキー、ゴンブローヴィッチに注目してるあたりはやはし凄みを感じないではいられないし、いっぽうで、自殺なんてするから同じようにバタイユとクロソウスキーを愛するパスカル・キニャールみたいなバロックと古典スキーな作家にやすやすと追い抜かれちゃって「ほんとにおばかさん」って思う。あなたの好きな谷崎を、あんなふうに語られちゃって、ほんともう、悔しいわよ(このわたしがね)。
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