遊びで外出して「失敗だった」と思ったおぼえがない。
まず、深刻な事故、怪我、病気などの厄介事にほとんどみまわれていないという前提はある。交通事故を起こしたことはあるが、相手に怪我がなかったことと、事故が縁で知り合った人もいるので、まあよかった。
ことばとして挙げられる目的は、散歩、買物、運転自体を楽しむこと、ある目的地に行くこと、生物を見ること、無機物を見ること、何か食べること、人に会って悲喜こもごもを話すこと、散髪することなどさまざまで、だいたい全部複合される。散髪は2ヶ月に一回だが、散髪しないときも散髪屋は気になる。
移動する行為そのものも楽しみなので、だいたいこの時点で成功に傾く。とはいえ、渋滞や満員電車など、不快な状態もありうる。もし、移動だけが目的であれば、このような外出は「失敗だった」となるかもしれない。
しかし、移動のほかの目的がそれを補う。生物であれば、見るたびに様子が違うので楽しいが、野生だと見られるかどうかもわからない。そんなときも無機物はたいていあるところにある。こちらはいちど見るとあまり変化がないことが多いが、変わらないことを楽しんだり、わずかな変化を探す楽しみもあったりする。
無機物でも、捨てられたものは変化が多い。誰が、なぜ、ここに捨てたのかと考えるとたまらない。
いちど出かけた場所でも、日時同行者それまでの蓄積(気になるお題の増加、前回訪問時や他所との比較)によって、初めて気づくことがいくらでもある。
毎日遊びに行きたいと思う体調不良の午前。
ずぼんぼ@豆腐の角のことを語る
