id:zushonos は
ずぼんぼ@豆腐の角のことを語る

かように、私(や姉)の嗜好は、ウエムラさんによって形作られた疑惑を抱えて暮らしているのだが、ウエムラさんどころか、親類縁者友人知人と関わりなく見いだし、継続している趣味として、バイクに乗って移動する行為がある。

大学生のとき、二輪四輪の免許を同時に取得するべく新庄市の自動車学校(後にキクチャンさんと同窓生と判明)に通い、いろいろあって最終的に武蔵小金井の自動車学校で二輪免許の試験に合格して、そろそろ17年も経つのか。
それまで、家族友人知人にはバイクに乗る、あるいは興味を示す者はおらず、高校はむしろ免許を取らせない方針だったはず。大学に通うため東京に住むようになり、二輪の実用性が目に見えるようになったが、我が故郷には土地不足や渋滞という概念が希薄で、後年、少しの間バイクに乗っていた姉に言わせると、「急いでいるときは四輪のほうが早い。バイクに乗るときは、ヘルメットをかぶる時間が余計にかかる」そうだ。
バイクが重要な役割を果たす読み物や映像に興味はなかったし(バオーで銃弾を防ぐ盾になったのは重要といえば重要だがバイク本来の使われ方ではない)、仮面ライダーかっちょええと思うくらいの興味はあったが、闘う姿を見てそう思ったのであって、バイクに乗るライダーがかっちょええというわけではなかった。
中学校のとき、たいへん癖のある立ち居振舞いで賛否のあった国語教師(当時30代半ばだったろうか)が、250ccのネイキッドのバイクで通勤していたのだが、そのライディングフォームは言うなれば直立不動で、むしろかっこわるかった。
その例を除けば、身近になく、ほとんど実物を見たことも触ったこともなかったのに、どこかで「危険な乗り物である」という知識だけ刷り込まれ(前述の国語教師の例を見る限りとても危険には思えなかったが)、私は「運転するなら絶対に四輪だ、二輪のような危険な乗り物の存在意義がわからない」という主旨の発言をして憚らなかった(このような主張に限らず、そもそも話をする相手はごく少数に限られていたが)。
それでも二輪の免許をとろうと思ったのは、自分の意思で行き先を決められる交通手段が欲しいが、都市部で一人暮らししていては、四輪は維持できなないと覚ったからである。
今でこそ、近所に遊んでくださる方々がいらっしゃるし、隣に田んぼがあるところに引っ越したので、カエルにも事欠かないが、免許をとったときは市街地に住んでいて、遊び相手もおらず、こんな場所にいても良いことはひとつもないと思っていた。しかしながら、二輪の免許をとろうという動機は、あのようなところに住まなくては生まれなかっただろうから、まあよかったんでねえの。
二輪免許をとったあとは、すぐに中古のバイクを買って、長めの休みで故郷に帰ったり、青森に行ったり、いろいろ出かける。
そうしているうちに、大型二輪免許をとり(これの動機のひとつには故郷での知己がやはり大学に入ってから二輪免許をとり、大型二輪免許をとるという話が伝わってきたこともあったが)、TDMというバイクに乗り換える。雑誌でしか見たことがない、速さ重視でない、かっちょええバイクであったから選んだ。
そのバイクと同じエンジンのバイクのオーナーズクラブに入ってみると、周りは大半が年長者(といっても今の自分よりは若い人が多かったな)で、遊んでもらって、自分の視野は間違いなく広がった。行動範囲がさらに広がり、沖縄と香川以外の都道府県はTDMで踏んだはず。
結婚したのはオーナーズクラブの縁だし、交通事故を起こしたのはTDMだし、初めての居住地外散髪もTDMで行った稚内だし、まあその延長で就職したし、TDMさまさまである。
さて、居住地外散髪のきっかけになったのは、大阪豆ゴハン(サライネス(当時はサラ・イイネス)の漫画)に於いて、登場人物のひとりが、修学旅行中に散髪し、旅行前半と後半の集合写真で髪の長さが違うという話にインスパイヤドなところがあったわけだが、別の機会に読み直していたら、別の登場人物が、TDMに乗っているという場面があった。

私の人生は、ウエムラさんによって敷かれた軌道に沿って進んでいるのだ。