16年前、震災の数日後から父は何度も途中まで動いてた電車やバスを乗り継いで今津の知り合いや三宮の親戚の様子を確かめに行ってた。そして、1週間後くらいには母もいっしょに西宮北口から今津線の線路脇を歩いて(落ちた新幹線の高架の横を通って)仁川まで叔母を迎えに。
その父も昨年の今日亡くなり、母は今や「要介護3」
それだけ時間が経ったんだなあ、と。
ひとりごとのことを語る

16年前、震災の数日後から父は何度も途中まで動いてた電車やバスを乗り継いで今津の知り合いや三宮の親戚の様子を確かめに行ってた。そして、1週間後くらいには母もいっしょに西宮北口から今津線の線路脇を歩いて(落ちた新幹線の高架の横を通って)仁川まで叔母を迎えに。
その父も昨年の今日亡くなり、母は今や「要介護3」
それだけ時間が経ったんだなあ、と。