[二ヶ月その弐]
先日書いた鳩の話もちょっと似ている。
キジバトの雛を拾う以前に、インコを一匹飼ったあげく餓死させてしまったことがある。
気が荒くて噛み付くばかりで慣れてくれないのがつまらなかったのだ。
気づくともう動けないほど衰弱していた。
その壮絶な最期が「二度とペットを飼わない」と私に誓わせた。
が、キジバトの雛は弱っていて「放っておけば死ぬだけだ」ということが私には気休めになった。
「ちい」と呼んで可愛がり、大きく巣立ったときには悲しみと安堵が半分半分だった気がする。
秋口に飛び立ってえさが自力で探せるだろうか、としばらくはよく空を見た。
あのとき、インコの死はそれだけで充分にショックだったが、
母が私の背中で嘆いたことばがそれ以上に深く突き刺さった。
「あんたには命を預かる資格が無い、かわいそうに」
母が女としての意識をそのとき持っていたかどうかわからないが
その時の私は「一人前の女として生きていけない、資格が無い」と言われた気がした。
「自分に命が育めるだろうか」という不安には、どのみちいずれ向き合うことになったに違いない。
それがあまりにも鮮やかなスタート地点を私に記してしまっただけのことだ。
その重い問いを「ちい」はちょっとだけ軽くしてくれた。
人間、人間でない命、命でないなにか。
それらは同じフィールドに居る。
