秋芳洞の読みは「しゅうほうどう」ではなく「あきよしどう」。
1963年に町が宮内庁に再確認したところ「あきよしどう」であると回答とのこと。家では「秋吉台(あきよしだい)の秋芳洞(しゅうほうどう)」と呼んでいた。父母が若い頃はまわりが「しゅうほうどう」と呼んでいたのだろう。
油布と湯布院とか久住山と九重連山とか、地元の近くでも混乱すること多いよね!

秋芳洞の読みは「しゅうほうどう」ではなく「あきよしどう」。
1963年に町が宮内庁に再確認したところ「あきよしどう」であると回答とのこと。家では「秋吉台(あきよしだい)の秋芳洞(しゅうほうどう)」と呼んでいた。父母が若い頃はまわりが「しゅうほうどう」と呼んでいたのだろう。
油布と湯布院とか久住山と九重連山とか、地元の近くでも混乱すること多いよね!