最近、考えることを放棄していないかい?
鶯が放棄せよと鳴くのです。
「ほほき ほほきい ほほほきい――。」(折口信夫, 1939)
あるいは 1979年、村上春樹が風の歌を聴けで「…ピーター・ポール&マリーが唄っている。『もう何も考えるな。終わったことじゃないか。』」って書いていたように、私たちは1979年から思考を失っているのかもしれません。一部のアメリカの青年たちが1969年からスピリッツを失っているように。
ところでそのピーター・ポール&マリーが歌っているのは、Bob Dylan作品のタイトルフレーズ「Don't think twice, it's alright」のところでしょうが、「終わったことじゃないか」と意訳しています(そのままであれば「くよくよするなよ、それでいいんだ」などと訳される)。佐野元春が99年のシングル「だいじょうぶ、と彼女は言った」で「Don't think twice, it's over」と歌ったのはこの村上訳を再度英訳したかのようで面白いですね。

さらに脱線しますが村上春樹とディランというと、「色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年」(2013)はアメリカでは翌年初夏あたりにリリースされたのでしょうか。2014年の夏にパティ・スミスが書評を書いていてディランのアルバムで例えています。
http://www.nytimes.com/2014/08/10/books/review/haruki-murakamis-colorless-tsukuru-tazaki-and-his-years-of-pilgrimage.html
それを伝える、「パティ・スミス、村上春樹『多崎つくる』をボブ・ディランに喩える」という日本の記事ですが、タイトルを正確に言うと「村上春樹の新刊を、ビートルズやディランの新譜を待っているファンがいる」ということと「『田崎つくる』は”ディランで言うと”『ブロンド・オン・ブロンド』アルバムでなく『血の轍』アルバムだ」ということのようです。オゥ、パティ・スミスは「ねじまき鳥クロニクル」が好きなようですね。
「海辺のカフカ」の冒頭でとまって以来、長編を読んでいない(買ってはいる)ので、オチをどうしようかなと思っていたら、窓の外で鶯が鳴きはじめました。どきっとしました。
