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ドアのブのことを語る

身近な人に大切にされていない、と感じながら育った人に
よくあるのではないか、と思うことは
おっしゃるとおり「受けた仕打ちをやってしまう、連鎖させてしまう」というのと、
「安心感のない部分を、何かしらの強力な象徴や思想で、埋めようとする」
(右とか左とか嫌●とか、ヒトラーとかイルミナティとか…
およそバランスを欠いた 極端な差別的・原理主義的なものでも
自分を肯定してくれる! と感じれば
「これこそ求めていた世界だ!」と盲信してしまう。
自分で選択したように感じてるけど、洗脳されてる。)
という傾向があるのではないか? と思います。
知能的には高いはずの人が おかしな方向へ暴走していく過程にあるもの、
みたいなのを、よく考えます。

人にもよるとは思いますが、母親になった者にとって
「攻撃性を、最も身近で、抵抗を知らない子どもに向けないためには…」というのは
大きな課題です。すごく切実です。
同世代女性の友人知人で「子どもが嫌い」「絶対産みたくない」と
強く感情的に語る人の話を 聞いてみると
その人は まず自分の親がとても嫌いで、
親との様々な確執があることが多くて、
あのようなドロドロを再現してしまうかもしれない、
「自分の受けたものを次世代に連鎖させたくない」という
無意識の防衛なのかも、と勘ぐってしまったりもします。
そして「そりゃそうなるよね~」とも思います。

子どもを育てることは 自分の子ども時代を
嫌でも思い起こし、繰返しフラッシュバックさせることなので
「目の前の子ども+あの頃の子どもだった私」に向かい合う日々は大変、消耗します。
今のところ、うちの子どもたちは無事だし
他のたくさんの養育者のお陰でまっすぐ育っていますが
「何かの切っ掛けで、やってしまうかも」という恐怖は ひっそり抱えております。
そうなったら、ホントにストップがきかなそうです…

私も自身に「あんたけっこう愛されてるよ!」といいきかせたり、
自分以上に自己否定や厭世する人に、ついそう思ったりするのですが…
でも「わかった、楽になる!」と、
すぐ変われるものじゃないのも 痛いほど解るので…

シンプルですが
「ひとを好きになって、仲良くなるには
まず、私が私を好きになり、仲良くなること」
なのでしょうね。
支配でも依存でもない、安心と自由がある関係を築いていくには。
そのシンプルな摂理みたいなものが、どうも遠く感じてしまうのが
めんどくさい・ややこしい頭に育った者のつらさですね

褒められたり人気があるような「良い人」、じゃなく
「ゆるんでいられる人・安心した人」 に、なりたいです 今は。